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原当麻~田名向原

おすすめ
  1. 当麻東原古墳

     相模川低地を望む段丘の縁に単独で築かれた円墳で、西方の下位の段丘に位置する谷原古墳群との関係が注目される。墳丘の直径約16m、高さ約3mで、周囲に幅2mの溝がめぐっていた。
     河原石を積み上げて築いた横穴式石室をもち、石室からは馬具や装身具など400点が出土した。出土品は相模原市立博物館に展示されている。
     7世紀の築造で、地元では「馬塚」「名馬塚」などと呼ばれていた。
    旧指定年月日 平成元年2月3日

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  2. 無量光寺境内及び笈退の遺跡

     無量光寺は時宗の道場として今日に及び、境内北方400mの地の笈退は、宗祖の一遍上人の伝承をとどめ、郷土の歴史を知る上で極めて貴重な遺跡である。
     一遍上人は弘安4(1281)年にこの地に滞在したといわれる。
     笈退は弘安4年の80日の干ばつの際、一遍上人の三日三晩の雨乞い祈念によって、清水が湧き出たという伝承の場所である。
     なお、無量光寺の伽藍は、二世真教上人の建立によるといわれている。
    旧指定年月日 昭和33年10月20日

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    972m
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  3. 無量光寺山門

     腕木門の親柱の背面に袖をつけ、屋根をかけた高麗門と呼ばれる形式の門。門としては比較的簡素な形式で、親柱に絵様繰形のある肘木と腕木をさして、桁を受けている。間口は12尺(約3.6m)、柱高は13尺(約3.9m)あり、親柱も見付寸法が1.5尺(45cm)もあり、大寺にふさわしい堂々たる門である。建立年代を示す史料は発見されていないが、肘木絵様繰形から判断して、17世紀初頭の建築と推定されている。この形式の門は最大にして最古のものであり、きわめて貴重である。主要材は、控柱が杉であるほかは欅。

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    81m
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  4. 無量光寺の徳本念仏塔

     徳本は江戸時代後期文化・文政年間に、各地で念仏を広めた行者で、その際村々の念仏講中が徳本の特徴ある書体の名号を刻んだ念仏塔を建てた。市内では14基確認されており、当麻山無量光寺境内に残る文化14(1817)年銘の念仏塔をはじめ、文政年間にかけて村の念仏講中が念仏塔を建てている。
     徳本は文化14年11月に八王子市の大善寺へ来て、その後相模原市域に入り無量光寺に来たという記録(「徳本行者関東摂化蓮華勝会巻九」の文化十四巳(丑)年十一月一九日の条)が残されており、今でも市内にわずかに残る念仏講など地域の民俗や歴史を知る上で貴重である。
     主体部 高さ162cm 幅80cm 奥行き15cm
     側面「文化十四」の銘

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    29m
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  5. 木造 一遍上人立像

     個性豊かな写実的立像で、技術的に優れたものである。伝承では、弘安5(1282)年、一遍上人が自ら水鏡に写した姿で頭部を刻んだとされる。
     寄木造、玉眼嵌入、現状は下地布張に漆塗りとしているが、全体にわたり補修が加えられ、原形は脚部にとどめている。
     像の高さは159.4cm、頭長は25.8cm、左足の長さ26.3cmである。
     年1回10月23日の開山忌に公開されている。
     レプリカは相模原市立博物館で見ることができる。
    旧指定年月日 昭和33年10月20日

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    52m
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  6. 無量光寺文書

     相模原市域に現存する後北条氏を中心とする文書群であり、郷土の歴史を知る上で極めて貴重なものである。
     本文書群14点の内、12点は後北条氏のもので後北条氏5代の文書がそろっている。
     なかでも伊勢長氏(北条早雲)の永正9年(1512)年の制札は、長氏の相模制圧を知る上で書くことのできない貴重なものである。
     この文書群は非公開になっている。
     長氏の制札のレプリカは相模原市立博物館で見ることができる。
    旧指定年月日 昭和50年8月28日

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  7. 当麻谷原古墳(1号墳)

     谷原古墳群は半地下式の横穴式石室を持つ小円墳14基の古墳群です。昭和46(1971)年には当麻谷原の1~4号墳が調査され、1号墳が相模原ポンプ場内に保存されている。
     1号墳の墳丘は、直径18mで、石室の入口は南に向き、奥壁には大石2個を積み重ね、両側壁は持ち送り状に石を積む。底面には扁平な河原石が敷き詰められている。
     出土品は、水晶製切子玉(首飾り)、金環(耳飾り)、鉄鏃などで、7世紀後半のものと考えられている。
    旧指定年月日 昭和35年2月16日

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    743m
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  8. 当麻谷原 金山神社

     金山神社の小さな祠は当麻谷原地区の相模原ポンプ場の南隅にあります。
     江戸時代の頃でしょうか、ここにあった塚を掘り起こしたところ1本の古刀が発見されました。ところが不幸なことがつづいたため、村人は刀の祟りではないかと考え、その刀をもとのところに埋めて小さな祠を建てて祀ることにしました。
     現在では、この塚が7世紀末の古墳であることがわかっています。

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