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上矢部~淵野辺

おすすめ
  1. 薬師堂(上矢部)

     この薬師堂は、上矢部のバス停「薬師堂」のすぐ前にあります。
     ここでは4月8日に灌仏会が、そして10月22日には念仏講が開かれます。
     また、17年ごとに中開帳、33年ごとに本開帳が行われ、そのたびに境内は参拝者で賑わいます。
     なお、本堂はその棟札より安永9年(1780)に建てられたものと思われ、安置されている木造薬師如来坐像とその脇侍も、その頃に製作されたものと考えられています。

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  2. 上矢部乾元二年の画像板碑

     鎌倉時代の乾元2(1303)年銘の板碑で、連座に乗る阿弥陀如来と一対の華瓶(花瓶)を繊細な線刻で表している。郷土の歴史を知る上で極めて貴重なものである。
     伝承では、建保元年(1213)に和田合戦で滅亡した矢部氏供養のため、建てられたといわれる。
     現状はコンクリート製基礎に埋め込まれて、基礎からの高さは99㎝、幅は31㎝である。
    旧指定年月日 昭和52年11月14日

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  3. 上矢部 御嶽神社
     上矢部御嶽神社は旧上矢部村の鎮守として境川を背にしたところにあります。  創建は明確ではありませんが、建久年間(1190~1199)にこの地に居城を構えていた矢部義兼によって「三獄社」として勧請され、その後、矢部氏滅亡後は建武年間(1334~1338)に正覚院浄因によって「御嶽大権現」として再建されたと伝えられています。  広く静かな境内には弁天社・第六天社・八坂社・蚕影社・日枝社などがありますが、この日枝社の社殿は境内地であったものの焼失してしまったために、大正初期に柚木村(現在の八王子市)より譲り受けたものです。  この神社の例大祭では、市内でも珍しい「笹湯の湯花神事(湯立神事)」が行われます。これは境内に竹を四方に立ててしめ縄を張り、その中央に3本の丸太を組み合わせてかまどを作り、その上に釜をのせて火を炊いて湯を沸かし、神職がそれを笹の葉で左右に散らすという厄除けの祭事です。  この丸太によるかまどはもちろんのこと神前に初湯を供える青竹の棚にいたるまですべてその場の手作業で作らなければならず、古式ゆかしい神事として注目を浴びながらも、その継承には難しいものを感じられます。
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  4. 淵野辺 山王日枝神社
     現在の淵野辺本町1~2丁目はもともと「山王平」と呼ばれる地域でした。その名のもととなった山王神社こと日枝神社は境川に下りる段丘の中腹にあります。  この淵野辺地区には古くから淵辺義博の大蛇退治の伝説がありました。暦応年間(1338~1342)に村の地頭であった武将淵辺義博が苦しむ農民のために境川に巣くう大蛇を見事に退治したという伝説です。  この伝説はさらに別の伝説を生み出し、淵辺に大蛇退治を命じたのは執権北条貞時で、貞時が僧となって遊歴したさいにこの村の惨状を知り、淵辺に命じて当時、山王大権現であったこの神社に祈願してから大蛇を退治したという話も伝わっています。ただし、この話は徳治2年(1307)の出来事とされており、先の伝説とは時間的なひらきがあります。  また、この神社にはもうひとつの伝説が伝わっています。それは天文11年(1542)北条氏康の関東平定のために家臣の大友義実はこの山王大権現を祈願所としたという話です。  ともに歴史的事実と考えることは困難ですが、それらの伝説を生み出すほど地域の人々にとってこの神社は重要なところということだったのでしょう。
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