磯部勝坂 石楯尾神社
社寺・仏閣
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この石楯尾神社は磯部勝坂地区の鎮守として、集落を見下ろす丘の頂きにあります。
阿修羅尊の石仏が脇に立つ鳥居をくぐると長い参道がつづき、途中、明和5年(1768)の延命地蔵があることに気がつきます。これはその頃ここに比丘尼が住んでおり、その人が祀ったものだといわれています。
その地蔵を横目に見ながらさらに進むと121段にもおよぶ長い石段があり、これを登りきると、いよいよ石楯尾神社があらわれます。
この神社が石楯尾神社という名称になったのは明治の初め頃のことで、それ以前は「羽黒権現社」と称されていました。羽黒山(山形県)は修験道の霊地であるため、おそらくこの神社の境内でも江戸時代には盛んに山岳修業が行われていたのでしょう。
この神社の創建は明らかではありませんが、勝坂集落の旧家が守り神としてその鬼門の方角に建てたものではないかといわれています。
なお、式内社の中に石楯尾神社の名が見られますが、それはこの神社ではなく、藤野町にある石楯尾神社ではないかというのが一般的な見方とされています。