大島常磐 日々神社
社寺・仏閣
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大島地区を通る県道相模原・鍛冶屋線のバス停「日々社前」の脇に神社の鳥居がたっています。参道はここから東北にのび、やがて日々神社につづいています。
この神社はもともと「日之宮」と呼ばれていましたが、明治2年に現在のような「日々神社」に改称されています。また、その年には別当だった阿生山正宝院が神仏分離令により廃されています。
この神社の御神体は近くの崖地にある俗称「かがみの滝」の水底から出たとされる1枚の鏡です。そのため、明治の頃までは祭礼の時には神輿がこの滝を渡御する「滝降の神事」を行っており、また、日照りがつづいた時にはこの滝を清めてお祈りをし、雨が降るのを願ったといわれています。
社殿は最近新築され、たいへんきれいになっています。また、境内には保元2年(1157)に当時10才だった源頼朝が植樹したと伝えられる「淤能碁呂松」という大きな松の木がありました。しかし、残念ながら昭和41年の台風によって枯れてしまい、現在ではその切り株だけが残されています。
なお、鳥居のところには日清・日露戦争」で有名な陸軍大将大山巖の書による表忠碑が建てられています。