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勝坂遺跡D区出土のマメ圧痕土器

文化遺産

 勝坂遺跡は、大正15(1926)年に考古学者・大山柏氏によって発掘調査され、後に設定された勝坂式土器の標式遺跡である。また、大山による採集石器や民族事例の考察報告により縄文農耕論の原点となった学史的にも著名な遺跡でもある。このうち、勝坂遺跡D区は昭和48(1973)年に確認調査が行われ、翌昭和49(1974)年に国史跡に指定された縄文時代中期後葉の集落跡である。
 昭和48年調査で出土した深鉢形の縄文土器(連弧文土器)には、土器の内外面にわたって多くの種子圧痕(注)が観察された。それらの痕跡は外面の口縁部から胴部下端まで見られ、内面の頸部くびれから上位にも認められた。確認された圧痕70か所のうち、その多くはツルマメを主体としたマメ科の植物種子と同定され、50か所以上を数えた。このことから種子の多くは、器体整形時に意図的に粘土に混ぜて練り込まれたことが示唆される。

項目 内容
国 県 市
指定登録 指-58
種別 有形文化財
区分 考古資料
数量 1
指定年月日 H28.4.1